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二章  出会いと別れは突然に 【1】



朝のすがすがしい空気が立ち込める中、所狭しと店が立ち並ぶ大通りはそれを吹き飛ばすぐらいに騒がしい喧騒に包まれていた。 西の区画の中心を通るこの通りはそれ全体が市場になっていて、規模は王都一、いやセルビア一を譲ったことのないほどに大きな市場だ。
道の両脇はさまざまな店で彩られ、店に占領されていない道のスペースは所狭しと人の波がひしめいている。 朝も早いというのに客たちのお喋りがあたりを満たし、それに負けないよう売り子たちが声を張り上げていた。

その人波のなか、揉みくちゃにされないようにと必死で足を踏ん張りながら歩く少女がいた。
亜麻色の豊かな髪は完全の深々と被ったマントのフードに隠れ、その下からは琥珀色の大きな瞳がのぞく。 周りの人々の剣幕に押され、少々おっかなびっくりでいるものの、瞳だけは周りに負けじとくるくる回る。 ここは日用品から世界の品々までが集まるところだ。 見るものすべてが新しく、また興味を引かれるものも少なくない。
だが今はそんなことに立ち止まっている余裕はないため、少女は名残惜しげに視線を残しつつも見るだけにとどめ、探し物をする。 所狭しとごった返す人の流れに逆らいながら、いくつかの目当てのものを探していた少女はやがてある店の前で歩みを止めた。

「おじさん、これもらえないかしら?」
「おうっ! お嬢さんは可愛いから30ゼナにおまけしてやろう」
「ありがとう。これでいい? あとついでにあれも欲しいのだけれど」
「おや、お嬢さんはあれを欲しがるとはお目が高いねぇ。よし、100ゼナでもっていけ!」
「助かるわ、ありがとう」

50ゼナの地図と200ゼナの革靴をそれぞれ負けてもらった少女は店主に向かって破顔した。 それを見た店主はいやいや礼なんていいよ、と笑いながら小銭を受け取り、少女が指差した地図と革靴を手渡す。
少女は差し出された品物を両手でしっかりと受けとったあとにもう一度礼をいい、それから軽く店主に別れを告げて歩き出そうとした。 けれど、そこで店主に呼び止められる。まだ何かあるのだろうかと振り返って首をかしげると、店主が心配そうな顔で訊いてきた。

「お嬢さん、これを買ったってことはもしかして山脈を越えるのかい?」
「そうだけど、何か?」
「お嬢さんの身なりからして、あんた魔法使いだろう? まぁ相方がいるならそうそう心配はないだろうが、もし一人で魔法都市ヘパティカに行くなら気をつけな。 あそこへ向かう山道は今かなり荒れてるらしいからな」
そういって店主は少し声を落とし、少女一人に聞こえるよう言った。

――商人仲間が言うところじゃ、山賊が出るらしい。それも一人身の旅人がよく狙われてるらしいからなぁ、お譲ちゃんも気をつけろよ?

そう言われて少女は神妙に頷き、気をつけるわ、と約束をしてその店を立ち去った。
最初はそんなに気にする噂でもないだろう、と思っていたのだ。 気をつけたって出るものはしょうがないし、行き先はへパティカに決めてしまっていたのだから。 いまさら変えるつもりもなかった。
けれど次に食べ物を買うために立ち寄った店主にも同じことを言われ、その次の衣料品店の店主にも似たような噂話を聞いた。
そこまで言われるとさすがに怖くなるというもの。 店主に山賊に襲われにくい抜け道はないかと尋ねると、特別だから内緒にね、という条件付で教えてくれた。

それが、確か半日ほど前のこと。
山に入った少女は店主に言われたとおりに山道から少し外れた細い道をたどり、山の中へと入る。 そこはあまり手入れのされていない荒れた道で、人の通った後は少ない。 何度かこの道であっているのかと不安にもなったけれど、そのまま道を進んでいった。

そうやってどんどん細く、そして足場の悪くなっていく道を辿ること、一刻半。 不意になんとなしに振り返った視界のはずれに見えた、自分のほうへとにじり寄ってくる複数の人影に異変を悟る。

そろそろ夕日が傾き始めた山中、少女はまさに山賊に囲まれていた。






  


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