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二章  出会いと別れは突然に 【3】



唐突にリリスは暗い意識のふちから覚醒した。 起き上がった瞬間にまだ腹に残る痛みに顔をしかめながらゆっくり体を起こして立ち上がってみる。 どうやらどこも縛られたりはしていないらしく自由に動くことができた。
完全に明かりのない部屋。 すぐそばにあった小さな窓に目をやると、外には完全に闇の帳が下りていた。
先ほどまで目を閉じていた所為なのか暗い部屋にも目は慣れている。 ゆっくりと辺りを見回してみると、ぼんやりと暗闇の中に浮かび上がるのは小さな部屋だった。 どうやら山小屋らしい部屋にある小さな暖炉の中に薪はなく、目を凝らしてみる限りきれいに掃除されている。 部屋の中央に置かれたテーブルには小さなランプがちょこんと鎮座していた。

「ここは……?」

先ほどリリスを捕まえた山賊はねぐらにつれて行くといっていたから、自分はそこに連れて行かれたのだろうか。 そう考えてみたけれど、部屋を少し歩き回ってみると屈強な男四人が住むにはいささか狭すぎる上、生活感がまったくなかった。 まるで今まで長い間使われていなかったような感じだ。
指で触ってみるとテーブルは埃まみれだし、その上のランプも同じくして埃をかぶっている。 部屋に敷かれた敷物はリリスが寝ていたものただひとつだけ。 部屋にはほかにもたたまれた毛布らしきものが何枚か積んであったが、やはり最近使われていた形跡はなかった。
どう考えても山賊のねぐら、というよりは避難用の山小屋、というほうがまだしっくりくる。 暖炉だけ不自然に掃除されているのは、きっとリリスをここへ運んできた人物が掃除したからだ。
それならば、自分をここまで連れてきたのは誰なのだろう。 別の山賊の仲間だろうか、それとも……?
そこまで考えたとき、不意に聞こえた扉のきしむ音に、リリスははっと身を竦ませた。

「誰?!」

身構えた瞬間人影が向けた眩しい光に目を焼かれ、思わず目をつぶる。 逃げることもできず、目を閉じたまましゃがみこんだリリスに、足音は容赦なく近づいてきた。

「いや! 酷いことはしないで……!」

カタン、とそばにランプを置く音が聞こえる。
いったい何をされるのだろう。 そんな恐怖におびえて体がすくみ、動けない。
カタカタと震えるリリスに、人影はそっと手を伸ばしたらしい。 けれどいきなり肩に触れられた手は先ほどの恐怖を思い起こさせた。 思わず反射でそれを強く払いのけたのち、無我夢中で足払いをかける。 人影はまさかこんな反撃に出られるとは思っていなかったのか、まともに攻撃を受けて転んだ。
――転んだ先は、リリスの上。

「うわっ!」
「きゃあぁっ!」

驚いた声と共に勢いよく倒れこんできた人影に、リリスは再度目をつぶる。 けれどいつまでも来ない衝撃に恐る恐る目を開けてみると、脇に置かれたランプの光に照らされた透けるような銀髪がさらりと頬にかかった。
どうやら転んだ瞬間に手をついてリリスとの衝突は避けたらしい。
そんな状況判断もろくにできなくなるほどもう少しでぶつかりそうなくらい至近距離にある顔に、リリスは思わず息を呑んだ。

なんて――なんて美しい瞳をしているのだろう。
例えるなら、はるか北方の国の山脈でしか取れないという天青石(セレスタイン)。 その石はサファイアみたいに深い青色ではないけれど、嵐が過ぎ去ったあとに雲間から除く空のように透き通った水色をしている。
持てば魔力を高めるとされていて、魔法使いたちの間では聖なる石と大切にされる貴重な石だ。

空色の瞳に見つめられ、すべてその瞳が吸い取ってしまったかのようにリリスの時間が動きを止める。 永遠にも続くと思われたその時間の静止を動かしたのは、男がかすかに息を呑んで身を引いた動作だった。






  


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