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三章  天青と藍晶は闇夜に輝く 【3】



次の日。 ぐっすり眠れて疲れもとれ、軽くなった足取りで朝食をとろうと一階の酒場まで下りていくと、 そこはまだ朝だというのに人でごった返していた。

「大変だ!」
「またあいつが出た」
「今度はロータス方面の街道らしいぞ……!」

ちょうど「魔法使い」の一行が到着したところらしかったが、やけに騒がしい。 おまけに少ない宿の部屋数から考えて明らかにその人数以上がいるところを見ると、 ほかの宿からここへ足を運んできたものもいるのだろう。

「あの、何かあったんですか?」
「あったんだよ! また“青の妖魔”が出たのさ」
「青の妖魔……?」

近くにいた男に聞くと、顔をしかめながら彼は答える。 けれど“青の妖魔”がわからないリリスがきょとんとしていると、それについて説明を付け加えてくれた。

「あんた知らないかね? 青い目をした妖魔のことさ。性質の悪い妖魔で“魔力を与える者”を襲う凶悪なやつなんだ。 月が隠れた夜に襲ってくる妖魔でここいらの街道に現れては悪さをしているんだが、 今度はロータス方面へと向かうレシティア街道に出たらしい。そこにいるのはその街道を通って来たやつらで、 今朝ヘパティカ近くの道でやつに魔力を食われた少年の亡骸を発見したんだとよ」

青い瞳をした妖魔――その話を聞いて、不意に思い出されたのは昨日の朝に別れた男のこと。
けれどあまりに馬鹿馬鹿しい想像に、そんなことがあるわけないと考えを否定する。 そんなリリスの思考を一瞬にして停止させたのは、男が言った次の言葉だった。

「その少年が死ぬ直前の記憶を魔法で読み解いた魔法使いがいたんだ。そいつが言うには“美しい青い目に 銀糸のような髪をした妖魔”が少年を殺したらしい。だから、またあいつが出たって俺らは今騒いでるのさ」

美しい青の瞳、銀糸のような髪。 それはまさにリリスが山賊に襲われているとことから救い出してくれたあの男に間違いなかった。
普通この大陸に住む人間たちの髪や目は茶色か黒が多い。 次に多いのは金色だが、髪が銀や目が青の者はほとんどいなかった。
だからリリスは確信がもてた。 “青い妖魔”はあの男のことなのだ、と。

同時に、信じられなかった。
リリスを山賊の手から救い、泣いている自分をやさしく抱きしめてくれたあの男が妖魔だったなんて。 誰よりもやさしい声音をしていた彼が、人を襲って魔力をすする妖魔だったなんて――……。

「お、おい、嬢ちゃん、なんか顔色が悪いみてーだが大丈夫か?」

あまりのショックにへなへなと崩れ折れそうになったリリスを見て、男があわてて手を差し出す。
その手につかまりながら、なかなか思考回路のつながらない頭であるひとつのことを決意した。

「あのっ。その妖魔が出たところ、詳しくわかりますかっ?!」
「へ? いいや、俺にはわかんねぇよ。聞くならあそこにいる魔法使いか、ここの宿屋の主人に聞きな」
「ありがとうございますっ」

困惑する男には構わず、リリスは部屋の端にいる宿屋の主人めがけて走り出した。 先ほど到着した「魔法使い」の一行のリーダーらしい人物と話し込んでいる主人の少し手前で話が済むまで待つのがとてももどかしい。
なかなか終わらない話にじれったさを感じつつ、リーダー格の男が離れていくとすぐにリリスは主人に声をかけた。

「あの、すみませんっ。聞きたいことがあるんです!」
「おや、おはよう。君は昨日のお嬢さんか。いきなり私のところへ来たかと思えば……」

「私に“青の妖魔”が出た場所を教えてくれませんかっ?!」

あまりに必死の形相をしていたのか、リリスの声に振り向いた主人は目を丸くした。 けれどすぐに興味深そうな顔をして問いかけをする。

「なぜわざわざ危ないところに行くんだい? あなたは“魔力を与える者”だろう、お嬢さん――いや、リリス・サーシャさん、かな?」
「どうしてそれを……」

主人の言葉に今度はリリスが目を丸くする番だった。 昨日、宿に泊まるといったときに名前は出さなかったはずだ。 主人は、どうやってその名を知ったのだろうか。

「実は、私の古くからの友人にサーシャ家所縁の者がいるんだがね。とても陽気なやつで、あなたと同じ琥珀色の瞳をした男だ。 そいつはヘパティカに来ると、いつもここへ泊まりに来ては私と酒盛りしながら晩を明かすんだ。 それでいつも聞かされるのが、彼の可愛い姪っ子の話でね」
「まさか……」
「君がやってきたとき、すぐにわかったよ。君はルディにとてもよく似ているからね」
「そうだったんですか……」

にっこりと微笑む主人に、リリスは納得して頷いた。
リリスと伯父が似ている、というのはよく言われたことだからだった。 実の親よりもよく似ているのではないかと言われることもしばしばで、 だからこそ子供のいない伯父は特にリリスを猫可愛がりしてくれていたのだ。

「じゃあ、話に戻るよ。どうして君はその情報を知る必要があるんだい?」
「どうしても言わなきゃ駄目なんですか?」
「ルディの姪っ子を危ない目にあわせたとなっちゃ、彼に怒られるのは私だからね。 けれど君ももう大人だ。それ相応の理由をもって私に情報を求めるのだろう? だから、情報を渡すのは君の話を聞いてからだよ」

言い渋るリリスに主人はきっぱりと言い切る。 そこまで言われると話さなくてはならないだろう。 そう思ったリリスは王都を出てから今さっき聞いた話までのことを話した。



「それで、君は自分を助けてくれたその男が本当に妖魔だったのかどうか、確かめたいんだね?」
「はい、そうです。だから、私に妖魔が出たという場所を教えてもらえませんか?」
「そうだねぇ……」

難しい顔をして主人が唸る。危険なことはリリスも承知していたが、それでも確かめたいのだ。

「お願いします、教えてください」
何度も懇願を繰り返すリリスにとうとう根負けしたのか、やがて主人はしぶしぶうなずいた。

「わかったよ、教えてあげよう。ただし、ひとつ条件がある。それを守ると約束するならこの情報を教えよう」
「守ります! だから教えてください!」

力いっぱい頷くリリスに、主人はその条件と場所を口にする。 それを聞いたリリスは何度もお礼を言い、その場を後にしたのだった。








  


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