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三章  天青と藍晶は闇夜に輝く 【6】



「待っていましたよ」

ようやくへパティカの南門についたリリスを笑顔で迎えたのはスノードロップの主人だった。 自分を迎える主人を見て、疲弊しきったリリスはようやく安堵の表情を浮かべる。

「こんな時間まで待っていてくださって・……ありがとうございます」
「いいえ。それが私の出した条件だったからね。彼とは――会えたのかい?」
「はい……でも……」

主人の問いかけにリリスは表情を曇らせる。 さっきのことを思い出すと、恐怖に涙があふれてきそうだった。
あのとき、彼に自分を殺す気がないとわかっていても、彼の持つ威圧感は恐ろしくて身がすくんだ。 あのきれいな空色の瞳が無性に怖かった。

「自分は妖魔だ……青い瞳は魔力を食らう妖魔の象徴だって……言われたんです。でも、だったらどうして私を食わないの……?!  私だって“魔力を与える者”なのに……!」

いつしか瞳からはぼろぼろと涙があふれてきていた。
初めて会ったとき、あんなに優しい声音をしていた人に、自分には関わるなといわれたことが信じられなかった。 そうして、泣いてしまった自分を優しく抱きしめてくれた人にあっさり拒絶されてしまったことが何よりも悲しかった。
もし、あなたが本当に魔力を食らう妖魔だというのなら、いっそ最初に出会ったときに私を食べてくれたらよかったのに――。
そんな思いが次々にこみ上げてきて、涙は止まらなくなっていった。
そばにいる主人はあの時の男と同じように優しく頭をなでてくれるけれど、あの時とは全然違う。

「リリス。君はこれからどうしたいんだい? もう彼をあきらめる?」

涙の途切れるのを待って主人が問いかけた言葉に、リリスははっと目を見張る。
自分はどうしたいのだろう。

もう彼に会おうとしなければ、さっきみたいに悲しい思いはしなくて済むかもしれない。 リリスが何より恐れるのは拒絶だったから、彼に関わりさえしなければ彼は自分を拒絶する言葉は投げかけない。
でも、それよりも――リリスはもう一度あの優しい声音を聞きたかった。 あの手で撫でられたかった。 さっきのように人を威圧する凍った瞳ではなく、晴れ渡った空のように柔らかな青の瞳で見つめられたかった。
リリスを慰めてくれたときの彼の姿は、きっと偽りじゃないと思うから。
その思いを胸に涙で濡れた顔を上げ、リリスは震える声音で望みを口に出す。

「あきらめません。もう一度あの人に会いたい――会って話がしたいんです。だから……」
「今日みたいな結果になるかもしれないよ。それでも君はそれを望むのかい?」
「はい……お願いします……」

リリスの言葉に主人はわかったと頷いた。
その答えにリリスは安心する。 もしかしたら、もうだめだといわれるかもしれないと思っていたのだ。

「じゃあ、そろそろ宿に帰ろうか。もう夜もずいぶん遅い」
「はい……あの、ありがとうございました!」
「気にしなくていい。私が好きで君に協力しているだけだからね」

そういって主人はにっこりと笑い、疲労で少しふらつくリリスの手をとって門をくぐる。
その優しさに感謝しながら、二人は宿への帰途に着いたのだった。



「それじゃあ明日は今日と同じ時間にあの場所へ行きなさい。きっとまた彼はあそこに現れるだろうから」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「今日はもう遅い。しっかり眠るんだよ。朝食は君が目覚めたら妻に言ってここまで運ばせよう。だから、ゆっくりおやすみ」
「本当にいろいろお気遣いありがとうございました。おやすみなさい」

宿の部屋までリリスを送り、明日のことを伝えた主人は部屋に彼女が入ったことを確認してから、自らの部屋へと戻る。 そのときの彼の表情はどこかこの状況を楽しむものだった。

「さて、あの男は明日リリスをどうするかな? 自らの願いを優先して彼女を食うか、彼女に惚れた弱みで食べずにその場を去るか、あるいは――」

どの状況になっても面白そうだと主人は笑い、自分の部屋の中へと入っていった。






   


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