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三章  天青と藍晶は闇夜に輝く 【10】



「さっさと答えを出してくれないか? 我はあまり待つのは好きではないのだが」
「お願い、少しだけこの人と話をさせてちょうだい。すぐに済むから。そうしたら、私はあなたのところへ行くわ」

男の声に自らを落ち着けたリリスはひとつ深呼吸をしてから思い切ってそう言う。
それはでまかせだった。 この窮地から抜け出す手がある、そういった男を信じてその手にかけてみたかったのだ。
それには男と話すわずかな時間を作る必要があった。
その言葉に、妖魔はおとなしく従った。

先ほどの男の様子から、このままいけば相打ちになりそうなほどの気迫は感じたのだろう。 どうやら多少は妖魔のほうも男によって怪我を負わされているようだった。

「お前、本気なのか?」
「あなたと話せるだけの時間を作ったの。お願い、ここから逃げ出せるその手を話して」
「本当ならこんなことはしたくなかったが、やむを得ない。多少お前にも覚悟が伴うが……」
「かまわないわ。だから、話して」
「わかった、言おう。お前の魔力を貸して欲しい」

その言葉に、リリスは大きく目を見開いた。 魔力を貸して欲しい、それはつまり――。

「魔法使い(ウィザード)の契約を結ぶの……?」

まさかそんなこと、と思って問いかけると、男はあいまいに頷いた。

「今は契約を結ぶ時間が惜しい。だから、仮契約の形で魔力をもらう」
「仮、契約……?」
「時間が無い。説明している暇も無い」

そういわれて青の妖魔のほうへ視線を移すと、なるほどもう我慢の限界のようだった。 リリスが来ないのなら自分が行ってやるとばかりに少しずつ歩み寄ってくる。

「何があっても驚かないで欲しい。あくまで仮の契約だけで本当に契約するわけではないし、これは妖魔の契約に近いものだから、契約破棄に何の制約もつかない。 だから安心してくれ」
「遅いぞ、小娘、時間だ! 我のところへ来てもらおう!」

吼えるように妖魔が叫ぶのと、男がそうささやいて立ち上がるのとは同時だった。 何をされるのかわからぬままに手を引かれ、共に立ち上がる。

だが次の瞬間に感じた唇への感触に、リリスは思考回路を完全に停止させた。
初めてのキスはまるで自らのすべてを求められるかのように激しいものだった。 あくまで優しく触れるように口付けられているだけなのに、体中の力が吸い取られる。 酸素不足でぼうっとする頭で、持っていかれたのはリリスの持つ魔力だと理解した時にはもう、男の唇はリリスから離れていた。

体の力が抜けて立っているのがやっとなリリスは横に立つ男にすがりつく。
気付けば男の体には目の前の妖魔をはるかにしのぐ魔力が宿り、先ほどまでの傷は完全にその魔力によって癒えていた。

「こいつはお前に渡さない。さあ、観念するんだな」
「仮契約を結んだだと……? さては小娘、我を謀ったな! ええい、許さぬ、許さぬぞ!!」

意図に気付いて怒り狂う妖魔がこちらへ突進してくる。 けれど横にたたずむ男は顔色一つ変えずにそれを光の玉をぶつけて迎え撃つ。
それは先ほど闘っていたときのものとは桁違いのすさまじい力だった。 その力に行く手を阻まれて、今度は逆に傷だらけとなった妖魔は悔しがって地団太を踏んだ。
だが男の持つ力に形勢不利だと感じたのか、後退を始める。 それを追いかけるようにして男がもう二、三発魔力を込めた球を放つと、妖魔の姿は完全に姿を消した。

「終わった、の……?」
「ああ、終わった」
「よ、かった……」

ようやく訪れた静寂の中、傍らの男にリリスはわかっていても問いかけた。 それに答えてくれる男の言葉にもう戦いは終わったのだと、自分たちは助かったのだとわかって、言いようの無い安堵感に包まれる。
やっとできた安心とそれまでの疲労が相成って、ふうっと体から力が抜けていくのがわかった。 慌てて支えてくれる男の手にすがるが、それでも少しずつ意識は遠のいていく。

「おい、お前……?!」


暗転する視界の中、最後に聞いたのはリリスが倒れたのに慌てる男の声だった。






  


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