四章 日没は宴の始まりを告げる 【1】
ふっ、と意識が浮上した。
うっすらと目を開けると朝日がまぶしい。
ずきずきと痛む頭をそっと起こして辺りを見回すと、ベッドの脇でこちらを見つめる人と目があった。
「おはよう。目が覚めたんだね」
「また泣きそうな顔してどうしたの。相変わらず泣き虫なのね、あなたは」
「ルディ伯父様とセレナ伯母様……!!」
まさか二人が自分の元へきてくれるなんて信じられなくて、名前を呼ぶので精一杯だった。
感情があふれてきて言葉にならず、泣きそうになるのを必死でこらえる。
再び二人に会えるなんて夢だと思った。
自分はもう見捨てられたのかと思っていたから。
「ほら、泣くんじゃないわよ。しっかりしなさい」
「伯母様……わたし、わたし……!」
優しい目に見つめられ、リリスは叔母にすがった。
まだ私はこの人たちの元に戻ることが許されるの──?
それを問いかけるように伯母へ抱きつくと、昔と変わらぬ温もりがリリスを包んだ。
「馬鹿ね。もう約束を忘れたの?」
「わ、忘れてない……っ」
「だったら何があっても信じていなさい。私たちはどんなときでもリリスの味方よ」
真剣な目で、しかしどこか茶目っ気を含んだように片目をつぶる伯母に、ようやく泣き顔だったリリスの顔がほころんだ。
幼い頃に二人が誓った約束──たとえ何があっても、自分たちだけはリリスを嫌いになったりせず味方でいる、と。
あのころのリリスは親の過剰な期待に応えようと必死だった。
同時に、人に嫌われることを極端に恐れる子供でもあった。
だから、あのときの言葉はぐずる子供をなだめるものなのだと思っていたのに。
そうじゃなかった。
まだ、わたしをみてくれる人がいた。
そのことが嬉しくて──けれど、それでもどこか満たされることはなかった。
本当なら何よりも嬉しいはずなのに、素直に喜べない。
大切なものが何かなくなってしまったような空虚感はなくなるどころか、さらに大きさを増した気さえした。
理由はわかっていた──いたのだけれど、リリスはあえて考えないふりをした。
そうしないと、心が壊れてしまいそうで。
この気持ちを自覚してしまったら最後、もう後戻りできなくなってしまいそうで──。
「リリス……?」
「なっ、なんでもないの!」
「いいえ。何にもないはずがないわ。だってあなた、今にも泣きそうだもの」
「え……」
心配そうにのぞき込む伯母にそう断言されて初めてリリスは自分が今どんな顔をしているのか気づいた。
気づけば一粒、二粒と涙がシーツを濡らしていた。
「わたし──泣いてるの……?」
ちっとも悲しくはないのに、それどころかここは喜ぶべきところなのに、涙はリリスの気持ちを無視して滑り落ちていく。
わたしは、かなしいの?
その問いかけに答えるように、また目から二粒の涙が落ちた。
「それは“青の妖魔”に関することかい?」
「どうしてそれを……」
「ランディから聞いた」
「ちがうわ……セレスは“青の妖魔”じゃない……」
不意に伯父から発せられた問いかけにリリスの体がこわばった。
ランディというのは宿の主人だろう。
伯父と仲が良いといっていたから、きっとこれまでの経緯を伯父に話したはずだ。
それはわかっていたけれど、そんな返事しかすることが出来なかった。
リリスの答えに二人は顔を見合わせてから不思議な顔をする。
それから伯母が優しく──出来るだけリリスを傷つけないようにしているに違いない──問いかけをした。
「“青の妖魔”でないというなら、あなたの心を悩ますセレスという人は何者?」
「“青の妖魔”の双子の兄弟なの……悪い人じゃないのよ」
「──そう。わかったわ。あなたの言葉を信じましょう」
「ありがとう……伯母様」
自分の言葉が聞き入れられたことに安堵する。
伯母はリリスの言葉に頷いてから、優しく言った。
「さぁ、お喋りはこのくらいにしておきましょう。ずいぶんと顔色が悪いわ。あなたは少し横になりなさい」
「大丈夫よ、わたし……」
「だめだ。少し眠りなさい。そうすれば、気分も落ち着くだろう」
二人の心配そうな顔と口調に言いくるめられ、ためらった後にリリスは小さく頷く。
再び布団の中に潜り込むと、伯父がぽんぽんと軽く頭をなでてくれた。
その手は別れ際に自分の頭を撫でてくれた手に似ていて、苦しかった心が少しだけ和らぐ。
残っていた疲れの所為もあってか、リリスはすぐに眠りの淵へと落ちていった。