四章 日没は宴の始まりを告げる 【4】
目が覚めると、なぜかそこは布団の中だった。
思いの外疲れがとれているのは、昨日ちょっと休むだけと思って目を閉じたらそのまま眠ってしまったからだろう。
でも、それはどこかの建物の陰であって、こんなところではなかった。
いくら混乱して周りが見えなかったからといっても、絶対に建物の中へ勝手にふらふら入っていった挙げ句、人様の布団に潜り込んだなんてことはありえない。
いったい、ここはどこなんだろう。
ここに自分を連れてきたのは、誰なんだろう。
突然の出来事についていけず、眠くて重い目をしばたたかせてまわりを見回してみる。
けれど、ありとあらゆるものが無秩序に積み上げられたほこりっぽい部屋に見覚えはない。
──が、既視感はあった。
今までに──主に小さい頃──何度も似たような場所へ両親に連れられてきたことがある。
よくよく見てみると積み上げられている物の半分くらいが分厚い書物で、その隙間に様々な魔法具が埋まったり転がったり引っかかったりしている。
部屋の外から響くのは機械音、爆発音、破壊音、その間に時々混じる人の声。
常に魔力に満ち満ちている場所であり、そのような人々の集う場所。
そして限りなくリリスを畏怖させる場所だ。
「研究所……!?」
今まで頭の中を占めていた眠気などとうに吹き飛んでいた。
どうして──なぜ。
そんな疑問だけが頭の中をぐるぐる回る。
ここだけは絶対に来るまいと思っていた場所だったのに。
ヘパティカの三分の一を占める研究所地区。
そこは大陸一の知識と権力を誇る最先端の魔法研究がされている場所だ。
当然、リリスの親戚もたくさん働いているし、それ以外の知り合いもたくさんいる。
──リリスが魔法使いになれない出来損ないだと知っている、大勢の人が。
昨日無我夢中で走って、疲れて休もうとしたのがこの地区だったのだろう。
そのときは気づかなかったけれど、今思い出してみれば夜遅くには不自然なくらい明かりがついた建物の数が多かった。
それは、眠らない地区とあだ名される研究所地区の最たる特徴だというのに、どうして気づかなかったのだろうかとリリスは唇を噛みしめる。
いくら混乱していたのだといえ、ここに近づいてしまうなんて迂闊だった。
きっとリリスを知っている人が見つけて保護したに違いない。
ああ──誰に見つかったのだろう。
せめて、親戚でないのを祈るばかりだ。
でなければ──そうでなくとも可能性はあるが──必ず伯父や伯母に連絡がいく。
それだけは避けたかった。
今、一番会いたくないのがあの二人だったから。
騒がしい機械音の中、不意に混ざった物音に、リリスは敏感に反応した。
ドアの開く音のした方へ視線を滑らせ、身構える。
物が積み上がった中を抜けてこなければならないため、リリスも相手もすぐには姿を見ることができない。
その間を利用してベッドから出ると、素早く体勢を整える。
いざとなれば、事を構えてでも逃げ出すつもりでいた。
さぁ、誰でも来い。
そうして待ちかまえていたリリスの目にやがて映ったのは、思いがけない人物だった。