四章  日没は宴の始まりを告げる 【8】




研究所を出たリリスたちは人目をしのぶようにして建物の間の細い道を歩いていった。

なるほど、木を隠すなら森に隠せというとおり、そこかしこに似たようないでたちの人々が歩いており、なんら違和感はない。

むしろそれ以外の服で歩いている人々のほうが目立って見えるほどだ。

入り組んだ道をいくつも通り抜け、やがて少し違う区画にたどり着いた。

そこはリリスもよくきたことのある区画―― 一級、特級の宿が立ち並ぶ宿屋街だ。

だがシャンディはそこを少し横切っただけで、さらに違う区画へと入っていく。

最初はどこにいるのか分からなかったリリスも、露骨な看板が立ち並ぶところへ差し掛かるとようやくここがどこか気付いたようだった。

「……っ、シャンディ、ここ……」

「ああ、ごめんね。でも残念ながら目当ての人物はここにいるんだ……」

思わずシャンディの袖を引くと、困ったような顔でそういわれ、リリスは何もいえなくなった。

どこを見てもやけにきらきらしい装飾が立ち並ぶ建物の下、女たちが早くも客引きを始めている。

どれもこれも美しい女たちばかりで、見ているこっちが恥ずかしくなるほど露出の激しい衣装を纏っていた。

話には聞いたことがあったけれど、実際見たのは初めてだ。

夜が近づくと活気を取り戻し始め、真夜中になると大輪の花が次々に艶やかで美しい花弁を開くところ――通称花街と呼ばれているところだった。

シャンディは迷いのない足取りでその中のひとつのドアをくぐる。

男ならまだしも女のであるリリスは恥ずかしいやら気後れするやらでとても入りにくかったが、同じく入りにくそうなネリエに背中を押されてどうにかその店へと入った。

「一番上等な部屋にいる人物に伝言を頼みたい。第七研究所の“青”二人が貴方に会いに来た、と伝えてくれないか」

受付をしているらしい女にシャンディがそう頼むと、二、三人いた女たちは驚いた顔をしてざわめいた。

うそ、とかまさか、とかいろいろな言葉を女たちがささやきあう中、騒ぎはどんどん大きくなっていく。

やがて誰かに呼ばれてきたのか、一人の妖艶な女が女たちの間を通って出てきた。

受け付けの女たちがさっと道をあけたところを見ると、どうやらこの館の主らしい。

「あの部屋の人に会いたいのだったら、それ相応の証を出しなさいな。話はそれからよ」

「証ですか。仕方ないですね、あまり使いたくはなかったのですが。では、これを」

女は凛とした風格を持つ美女で、証を見せない限りは通さない、ときっぱりと言い放った。

その言葉に、渋い顔をしてシャンディが何かの紋章らしきものを取り出し、女主人に手渡す。

少し離れた位置に立っていたリリスには紋章は見えなかったが、女主人に顔色がたちどころに変わったのを見て、それがただの紋章でないのはすぐに分かった。

「まぁ、これは――……」

「これなら納得していただけるでしょう? ミス・カンタレラ」

「……第七研究所の方でしたの。それに、私の名もご存知なのね。それは失礼致しましたわ」

しばらく絶句していた女主人はシャンディの言葉に頷き、優雅に一礼した。

それからリリスたちのほうへもそれぞれ頭を下げると、振り返ってまだざわめいている女たちを一喝する。

「あなたたち、いつまでお喋りしているの。さっさと自分の持ち場に戻りなさいな。この客人たちは私が案内します。下がっていらっしゃい」

よく通る声でそう言われると女たちはたちどころに喋るのをやめ、蜘蛛の子を散らすように館の奥へと戻っていった。

先ほどシャンディがカンタレラと呼んだ女主人はもう一度深く頭を下げると、リリスたち三人の先頭に立ち、こちらです、と館の奥へと導いた。

「あのお方はこの館の最上階にいらっしゃいますわ。ヘパティカに来られてから一週間、ずっとここに居座りっぱなしですの。 貴方たちがあの方を外に引っ張り出してくれるのを期待していますわよ」

薄暗い廊下をランプ片手に先導しながら、カンタレラはため息とともにそんな台詞を零す。

それにシャンディもため息をつき、善処はするつもりですが、と暗い顔で返した。

部屋に向かう間、交わされた会話は立ったそれだけで、いくつもの階段を上っていく間は誰も口を開くことはなかった。

いったいいくつの階段を上っただろうか、ようやく階段がなくなり、明らかに上品で豪奢な装飾のされた廊下に出る。

相変わらず薄暗い廊下を迷いなく進んでいた彼女は、やがてゆっくり足を止めると軽く一礼した。

「ここですわ。少しお待ちくださいまし。私が先に言ってあの方に伝えてまいります」

「よろしくお願いします」

「それでは一時、失礼致しますわ」

そういってカンタレラはすそを翻し、少しはなれたところにあったドアのほうへと向かった。

コンコン、とノックをして名乗るとまもなく、少し渋みのある男の声が聞こえてきた。

入れ、といわれて彼女がドアを開け、ドレスのすそが部屋の中へと消える。

リリスたちはそれをただ見つめ、待つだけだった。

しばらくすると大きな笑い声が聞こえ――ドアが開かれた。

「お三方様。どうぞ、お入りくださいませ。大歓迎する、だそうですわ」

なぜか憂い顔でそういった彼女に、シャンディとネリエも同じ顔つきになった。

リリス一人訳が分からないまま、前を歩く二人に従って部屋の中へと導かれる。

そこは王宮の一部屋がそっくりそのまま移動してきたのではなかろうかというくらい豪奢で広く、調度品は一級品ばかりがそろえられた部屋だった。

「では、私はこれにて失礼致します。どうか、ゆるりとおくつろぎ下さいませ」

三人ともが部屋の中へと入ると、カンタレラは深く一礼し、入れ違いに部屋を出て行った。






  


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