五章  真朱の日没は宴の始まりを告げる 【15】




「そろそろ日も傾いたし、帰ろうか」

そうシャンディが切り出したのは、空が夕焼けで真っ赤に染まり始めた頃だった。

それに頷いたネリエとリリスは、もと来た道を戻り始める。

「あー、たのしかったぁ! しかしまぁ、久しぶりに遊んだわよねぇ」

「こんなに遊んだのはほんと久しぶりだったなぁ。最近仕事三昧だったし」

「すっかりくたくたになっちゃった……」

そんな風に話しながら歩いていくと、すぐに目的地が見えてくる。

街はだんだんと昼の顔を脱ぎ捨て、艶やかな夜の化粧を施されつつある。

相変わらずきらびやかな館も、もうすぐ訪れる夜に備えて昼間とはすっかり違う姿に変わっていた。

まだ少し気後れする館の前まで辿りつくと、リリスは少しためらいがちに扉へと手をかける。

けれどその手はしまった、とつぶやいたシャンディの声で止まった。

ネリエとリリスが怪訝な顔を向けると、珍しくあせった顔のシャンディがため息をつきながら答えた。

「アルにお使い頼まれてたんだった! この店には売ってない酒を買ってきてくれって。すっかり忘れてたよ……」

「まずいわね。早く買いに行かなきゃ怒られるわよ……」

「そうなんだよ。しかも特大を二本頼まれててさ、一人じゃたぶん持ちきれないんだ。だからみんなで買って手分けして持って帰ろうと思ってたのに…… ネリエ、今から行ってくるから君も来てよ」

「ええー?! 嫌よ、そんな重いのもって走るなんて」

「僕と君に頼まれてたお使いなんだからしょうがないだろ!」

はじめは嫌がっていたネリエも、そういわれるとおとなしく黙る。

それから大きなため息をつき、ごめんね、といってリリスに向き直った。

「先に入っていてくれる? 私たち、すぐ行って帰ってくるから」

「誰かに最上階の部屋、って言えば案内してもらえると思うからさ。ごめんねリリス」

二人はそういうと、もと来た道を走り出す。

そういうことなら仕方がないだろう、と納得してその姿が見えなくなるまでしばらく見送ってから、重たい扉を押し開ける。

もう見るのが三回目だからか、ここで働く女たちはリリスについて何も言わず、最上階の部屋は何処かと聞けば素直に行きかたを教えてくれた。

少し複雑なそれをどうにか頭の中に入れて、リリスは階段を上り始める。

すっかり歩き回って疲れた足には、いくつもの階段は少しばかりきつい。

息を切らしてゆっくりと階段を上るリリスは階段をあがりきったところにいる先客に気づかないまま一段ずつ上がっていった。


そうしてようやく最上階まで上がりきり、ようやく付いたとほっと一息ついたとき――とん、とわずかな衝撃がリリスの首に走る。

「――……っ」

いったい何が起こったのか、まったく状況を理解しないまま視界が暗転する。

体の力が抜けてどさりとその場に倒れこむと、わずかに残っていた意識が遥か彼方から聞こえる声をとらえた。

何を言っているかは分からなかったけれど、声の主になら覚えはあった。

けれどどうしてこんなことをするのか――それが理解できない。


なぜ、あなたが。


リリスがそうつぶやいたのを最後に意識は途切れ、深く暗い淵へと沈んでいったのだった。






  


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