六章 紅き饗宴は藍天の下で踊る 【3】
「馬鹿な子だねぇ……妖魔に惚れるなんて……ホント、馬鹿な子だよ」
静かな寝息を立てて深い眠りについたリリスをその腕に抱きながら、ランディはそっとつぶやいた。
そのつぶやきはリリスにむけられたもののようで、そうではない。
遠い目をして言葉をぽつぽつと零すランディの目に、先ほどまでありありと浮かんでいた狂気は見られなかった。
ただ何かを深く悲しむような表情で、今日の夜に決戦になるであろう草原の方角を見つめてため息をひとつつく。
「私だって本当は君やルディを裏切りたくないよ。でも――どうしても許せないんだ。私のたった一人の姉を奪って行き、
挙句の果てに殺してしまった奴らが……憎くて、憎くてしょうがないんだ……」
まるで懺悔を乞うように紡がれた言葉は誰にも届かない。
自分の選択は多くの人を悲しませ、傷つけるだろうと分かっていたけれど、それでも願うことをやめるのはどうしてもできなかった。
誰も喜ぶ人がいなくても、たとえそれが自分の自己満足でしかなかったとしても、自分はこの道を進み続ける。
そう、決めたから。
「さぁお姫様、約束された時間までしばしの安寧の時間をあげるよ。ゆっくり……おやすみ」
傍らのベッドへリリスの体を丁寧に横たえ、そっと上掛けを引き上げてやる。
慈しむように顔にかかっていた髪の毛をかきあげてやり、まとめて背中のほうへと流してやると、まだあどけなさがかすかに残る横顔がのぞいた。
「――……っ」
思わず感じかけた罪悪感を振り払うように彼女から手を離し、くるりと踵を返す。
少しでも決心が揺らぐようなことを考えてはいけない。
そう自分を叱咤しながら、ランディは少しばかり足音荒く、リリスの部屋をあとにした。
そのまま向かったのはこの建物の中で一番広い部屋だった。
リリスの部屋を訪れる前に総員召集命令を出しておいたから、今回の作戦に出陣する兵士と魔法使いたちは全員そろっているはずだ――ただし、一組の魔法使いを除いて。
「全員そろっているか」
部屋に入ってくるなりそう問いかけたランディの言葉に、静かに頷いたのは六人の魔法使い――「白銀」「黎明」「落陽」の三組――たちだ。
自分の姿を認めるや否やさっと敬礼の姿勢をとった兵士たちに欠けている者がないのを確認してから、魔法使いたちのほうへと向き直る。
「作戦は頭に叩き込んでいるな?!」
「「「はっ!」」」
「作戦決行は日没だ! 必ず“青の妖魔”兄弟を殺せ! 囮の安全確保より、妖魔の捕獲・討伐を優先しろ。失敗は許さん、以上だ!!」
ランディに似つかわしい荒い語気の言葉で檄を飛ばすと、魔法使いたちも兵士と同じく敬礼の姿勢をとった。
今や完全に一宿屋の主人という表の肩書きを脱ぎ捨てたランディは、もはや軍人以外の何者でもない。
“青の妖魔”討伐作戦最高指揮官――それが今のランディに与えられている肩書きだった。
「総員解散!!」
他にもいくつか兵士たちや魔法使いたちに作戦の指示を与えたあと、ランディは全員を見据えて言い放った。
嫌でも背筋を正されるような語気のこもったその言葉に、魔法使いたちがぴしりと敬礼したのち退出し、兵士たちがそのあとに続く。
全員いなくなった部屋に一人ぽつんとたたずむランディが窓の外をふと見やると、太陽はようやく真上に登りきったところだった。
あともう少し――もう少して、宴の幕は上がる。
待ち望んだ未来が、手の届くところまで来ているのだ。
「待っているがいい、“青の妖魔”兄弟。必ず私の手で葬ってやるから――……」
くく、とのどから漏れた声はやがて高笑いに変わる。
再び狂気が宿った目には、もうそれ以外何も映ってはいなかった。