六章 紅き饗宴は藍天の下で踊る 【13】
時間は少し戻って、大岩のすぐ傍で二人の半妖魔が激しく火花を散らし、戦いを繰り広げていたころ。
そこからかなり離れたところに陣を張っていたランディだったが、あっという間にやられてしまった魔法使いたちと兄半妖魔の圧倒的な力の差は
しっかりと目の当たりにさせられた。
一回は弟のほうだけでも捕まえることに成功したというのに、兄が魔法使いたちを倒した所為でせっかくの檻も解けてしまった。
これではこの作戦は大失敗に終わる。
あせる思考を何とか落ち着かせながら、手の内のこまだけで何とか体制を整えられないかを模索してみるが、
まずはあの虫の息に近いだろう魔法使いたちをこの陣へ連れ戻さなければ立て直すものも立て直せない。
けれど、激戦が繰り広げられている中に戦う手立てのないものたちをいたずらに突っ込ませても、被害が拡大するだけで何もならないことはわかっている。
「どうすれば……」
気持ちばかりあせり、こぶしをぎゅっと握って歯噛みする。
だがランディはただ遠くのほうで繰り広げられる戦いを握ることしか出来ないでいた。
そんなおり、ランディがふと感じとったのは転送魔法の魔力だった。
一つ、二つ、三つ――こちらへ送られてくる魔力はどんどん数を増していく。
いったい何が起こるのだと警戒しながら振り向くと、見慣れた転送魔法の魔方陣と共にまず現れたのはほっそりとした女性の体躯――紅の魔法使い、セレナだ。
続いてパートナーのルディオ、白銀の魔法使いの二人、というふうにどんどん倒れていたはずの魔法使いたちが現れ始めた。
「なんだと……?!」
目の前で起こっている事実がうまく頭の中で結びつかなくて、もう一度戦いが起こっている場所に目をやる。
すると、戦っている二人の脇に、魔法光――魔法を発動するときに出る光――を放つ一組の魔法使いが見えた。
どうやら、そのものたちが彼女たちを転送してくれているらしい。
二人が味方なのか敵なのか、いったいどんな意図があってこちらに彼らを転送してきたのかはよくわからなかった。
けれど、そんなものは関係ない。魔法使いたちがこちらに戻ってきた今、これから打てる手はぐんと増えた。
「大方弟(セレス)の味方なのだろうが……礼は言おう、名も知らぬ二人」
少しだけ口端を吊り上げて、ランディは遠くに見える二人に向けてつぶやく。
さぁ、戦局はどうなるだろうか。
自分の読みさえ正しければ、おそらくセレスはリリスを目覚めさせ、魔法使いの契約を結ぼうとするはずだ。
二人が契約さえ結べば、力はカイヤと互角かそれ以上になる。
そうなれば相打ちになるか、カイヤが負けるか――どちらにしろ、自分にとってはやりやすくなるにちがいない。
何にせよ、行動は慎重に起こすべきだ。
たとえ卑怯な手でも、自分の願いさえかなえることが出来るならそれでいい。
次々と考え付くこれからの手を頭の中で組み立てながら、ランディは転送されてきた魔法使いたちの傷を癒せと指示を出すべく、足早に陣の中心へと戻っていったのだった。
「ほぅ……あいつら、うまくやったみてぇだな」
時を同じくして、大岩付近での戦いを少し離れた高台で見守るもうひとつの人影があった。
飴色の瞳を輝かせてそう言った大柄の男は手の中にある薄紅の宝石をもてあそびながら、大岩付近の気配を探る。
莫大な魔力と妖気が二つ――そこには感じなれた愛弟子二人の気配も加わっていた。
街中を地道に探索していたのでは埒が明かないから、セレスと接触してリリスを助ける手助けをすると言い出したときにはどうなることかと思ったものだ。
けれど状況を読むに、頭の回る弟子たちは存外うまくやっているらしい。
もっともセレスの気配が希薄になり、あわや命を落とすかというところまでいったときはどうなるかと肝を冷やしたが、
どうにか間に合ったリリスの力で最後の一線で踏みとどまったようだ。
なかなかどうして肝の据わったお嬢さんだ、さすがはあいつの娘だな――とここにいない友人の顔を思い出しながら笑う。
半死人相手に契約吹っかけて魂をとどめるなど、常人技ではない。
おそらく意識してやったことではないだろうが、そこに彼女の強みはあるのだとアルは思った。
ただ、戦いは終わったわけではない。
状況こそ好転したものの、まだどうなるかわからない戦いが続くのだ。
そうしてアルの一番の気がかりは、兄弟対決とは別のところにあった。
「……あいつらが気になるな。性悪のランディがこれで引き下がるとは思えねぇ。次は何を仕掛けてくるか……」
腕組みをしてうなるアルの視線の先には、先ほど転送されてきたらしい魔法使いたちを回復させるために人が入り乱れている陣営があった。
いったいどうして敵に塩を送るようなまねをしでかしたのか不可解だったが、大方セレスがそうしろと言ったのだろう。
リリスの身内を混ぜて送り込んだのさえランディの策略のひとつだというのに、まったく弟妖魔は甘い。
「む……」
莫大な量の魔力のぶつかり合いを感じて、アルは兄弟の命をかけた戦いが始まったことを悟る。
戦いの火蓋は切って落とされた。
この戦いがどう終わるのかは神のみぞ知るといったところか。
自分にはどう考えても似つかわしい思考をめぐらせながら、アルは手の中でリリスの魔力に反応して薄い燐光を放つ宝石を見る。
戦いの結果は神が決めるものではない、自分の手で切り開くものだ。
そういいきることが出来るアルでさえ、思わず神にすがりたくなってしまうほどこの戦いはリリスやセレスたちに不利な戦いだった。
本当なら彼らの手助けをしてやりたいが、あいにくと自分はその力を持っていない。
けれど、そんな自分が危険を犯してここまできたのは、旧友から託されたこれを必要な時が来たらリリスに届けるためだ。
宝石がリリスに必要なとき――それはすなわち彼女の身に危険が迫っているときを意味する。
これは魔法使いの契約を結んでいない者には何の効果もないものだが、リリスは無事その条件を満たした。
けれどまだ彼女はこれを必要としていない。
だからこそ、アルはこうして来る時期を見計らうために潜んでいるのだが。
「これを渡すような事態が来なければいいがな……」
出来るだけ、穏便な形でこの戦いが終わってくれれば――どうあってもそうならないだろう戦いを目の前にして、アルはそう願う。
決して叶わぬ願いだと、わかってはいたけれど。