七章  白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 【9】




「ほう、とうとう私の前に身を差し出す覚悟が出来たのかい?」

煌々と地上を照らす月の下、再び合間見えた男は狂気と喜びの色を浮かべて笑っていた。

獲物を見つけ、それを引き裂く歓喜に震えるその表情は今この場にいる誰よりも妖魔らしい表情だった。

「俺たちはお前に身を差し出すことなどしない。でも、逃げているだけじゃ何も変わらないからな。一つ、聞かせろ」

「貴方は、私たちが身を差し出して殺されれば、気が済むの?」

「愚問だね。それ以外で、私の気はすまないよ。それだけが私の望みだからね」

「復讐は何も生まない。復讐は更なる復讐を生み出すだけだ。それが分かっていてもなお、それを望むのか」

「他の人のことなど知るものか。私は、私の心が満たされればそれでいいのだよ。そのために、私はこの舞台を用意したのだから」

問いかける二人に対してそう嗤ったランディはそう言って、じりっと一歩踏み出す。

その動きを見逃さないようにしっかり前を見据えながら、リリスはある言葉に引っかかりを感じて首をかしげた。

何度も先ほどから誇るように言われる、「ランディが用意した」というこの状況。

だが、この討伐は王から命令されたものであるはずだ。

なのにどうしてそれをランディが用意したということになるのだろうか。

「貴方が舞台を用意した、ってどういうことなの?」

「どうもこうも、そのままだよ。いくつか情報をいじった上奏文を複数あげさせて、兄弟を“青の妖魔”に指定されるようにする。 そうすれば、あとはこの町に彼らが来るころを見計らって討伐隊を組むだけ。簡単だろう?」

「王様に……嘘をついたの?」

「どっちにしたって彼らは人を喰う妖魔だ、遅かれ早かれ指定されるなら、多少嘘をついたってかまわないじゃないか」

「な……っ!!」

「この兄弟の行動は読みやすかったからね。でも、こんなに早く舞台が整うなんて私も思っていなかったよ。もっとも、貴女というイレギュラーが入ってきたからこそ、 もっとやりやすくなったということもあったけれどね」

さらりと言ってのけたランディに、リリスは絶句して言葉を失った。

いくらなんでも、そこまでしているとは思っていなかったのだ。

王までも利用して、自分の復讐を遂げようとする彼の執念は、もはや妄執といっても言い過ぎではない。

――けれど、もしかしたら。

思いがけずうまく引き出せた情報に、リリスは一条の光を見出した。

「王宮付き魔法使い」が最終的に従うのは、王であってランディではない。

王に忠実であれと厳しく律せられ、またそれを信条とする彼らは王を謀る者に容赦をしない。

もしも、彼らにこの声が届くのなら。

確率は五分といったところだろうか。

聞こえていても、人に徒なす妖魔なら仕方がない、と割り切られてしまう可能性もある。

それでも、リリスたちにはそれにすがる道しかもう残されていない。

「さあ、稚拙な追いかけっこは終わりだ。もう抵抗する魔力など残っていないだろう? お前が殺されれば、きっと兄貴のほうも姿を現すだろう。 だから、まずはセレス、お前から血祭りに挙げてやろう」

「無駄だ。俺を殺しても、兄貴は出てこない。せいぜい良い時間稼ぎだと思って、逃げるだけだ」

「きっと出てくるさ。妖魔は肉親が少ない代わりに情が深いらしいからね……。さあ、覚悟を決めろ」

くつくつ、くつくつと口端から漏れる笑いとともに、ランディはうっそりと微笑んだ。

その言葉に呼応するように、ぼう、ぼう、と草原のあちこちで魔法光が点る。

死刑宣告にも似たその光は、蛍の光のように明滅を繰り返し、光の強さを増していく。

ああ、やはりダメなのか――そう二人は覚悟して、つないだ手に力を込める。

だがその覚悟に反して、いつまでたっても魔法がこちらへ向けられることはなかった。

「どういうことなんだ……?」

いつまでたっても魔法攻撃を始めない魔法使いたちに焦れて、ランディが後ろを振り返る。

それと同時に魔法と魔法がぶつかり合う音が響き、目を焼くような閃光が散った。

「仲間割れ……だと?!」

驚愕に満ちた表情で、ランディは呟く。

信じられないといった口調からして、己の言葉が魔法使いたちにまで届いているとは思わなかったのだろう。

風に乗って流れてくる魔法を読む限り、伯父と伯母、ネリエとシャンディの組――どうやら傍には力がほとんど尽きたカイヤもいるらしい――と、 従妹のエリシアと弟のセインが組む白銀、妹のアイラとその相方が組む落陽の組が分かれてぶつかり合っている。

おそらく、ランディに従い続けるか否か、それに伴ってカイヤを殺すか殺さないかで仲間割れしたのだろう。

黎明は中立を保って戦いには参加していないようだ。

ある意味、予想がついた分かれ方だった。

弟妹や従妹たちが自分を良く思っていなかったのは周知の事実だし、ここで半妖たちと共にリリスが殺されてしまえば、 自分たちの誰かが次期当主に選んでもらえるかもしれない、という期待を持っていることも分かる。

だからこそ悲しいと思うと同時に、自分に今次期当主の印がないことが悔やまれた。

もしもリリスが次期当主の印を持っていれば、今起きている仲間割れを抑えることが出来るからだ。

魔法使いの契約を結んでいない者にとって、次期当主の印はあってないものに等しい。

魔法使いの契約を結んでいる者が印を持ってはじめてそれは効力を発揮するのだ。

胸に咲く紅の花は内なる力――自らと血を同じくするものを屈服、服従させる絶対的な力を引き出す。

いまさらながら、もう捨てたはずの力を欲するのは間違っていると分かっていても、ここにないことを悔やむのをとめることは出来なかった。





  


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