七章  白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 【10】




「――次期当主の証が欲しいのか、リリス」

ランディと同じく、仲間割れの戦いを見ているしかなかったリリスの耳へ、不意に一人の男の声が届いた。

リリスの心を見透かしたかのような問いかけに、驚いて後ろを振り向く。

聞き覚えのある、その声は――。

「アルさん……!!」

「アル……ライディス……っ!!」

リリスが振り向くと同時に、ランディもまたその正体に気付いて振り返る。

憎々しげに呟かれた名は、怒りと侮蔑に満ちていた。

「全く、ひとかけらも変わってねぇな、死に損ないのランディ」

「死に損ないはお前のほうだろう、白蟷螂の片割れ……!!」

「自分の私怨に関係ない奴どころか王まで巻き込むような野郎に、同類呼ばわりされたかねぇよ」

厳しい声音でそう吐き捨てると、腰にさした剣をすらりと抜き放ち、アルライディスはランディへと突きつけた。

「夜が明けたら、王都から王の勅命を携えた魔法使いが到着する。王を謀った罪人を捕えよ、という命だ。俺はそれまでの時間稼ぎさ」

「なんだと?! 情報が早すぎる……っ!」

「甘かったな。お前が統括している諜報部の奴を何人か捕まえて締め上げたら、簡単に吐いたぞ。口の軽い部下を選んだことをせいぜい後悔するがいいさ、 諜報部将軍、ランディエルト・ローティス」

「ちくしょう……私の、計画が……!!」

ぎりぎりと唇をかみ締めて悔しがるランディは、懐に隠し持っていた短剣を使ってすばやい動作で突きつけられた剣を払って間を取り、 苦し紛れにリリスのほうへ短剣を投げつける。

セレスがリリスを引き寄せたのと、アルライディスが長剣でそれを薙ぎ払ったおかげで怪我をすることはなかったが、一気に場が緊迫した空気に包まれることになった。

「王宮付き魔法使いが役に立たなくとも、まだ私には兵士たちが残されている。彼らはお前の言葉など聞かない。夜明けまでに、魔力の尽きた魔法使いと半妖、 それにパートナーを持たない元魔法使いなど、簡単にしとめて見せるよ」

必死に冷静さを保とうとしながら笑うランディの言葉を証明するかのように、周りを取り囲んで成り行きを見守っていた兵士たちが一歩を踏み出す。

鎧がこすれる音と槍がかすかにぶつかり合う音が重々しく響き、戦いはまだ終わっていないのだということをこの場にいる誰もに知らしめた。

「リリス、俺の傍を離れるな」

「ええ。わかっているわ」

セレスの言葉に、リリスは背の後ろに隠れるようにして身を寄せる。

すると、アルライディスが急にリリスのほうへと向き直った。

緊迫した空気をまとってアルライディスは言葉を紡ぐ。

「さっきの質問に答えろ、リリス。次期当主の証が欲しいか」

「あなたが当主の証を持っているの……?」

「ああ、お前の父親から預かってきた。もしも、おまえが望むならこの証を渡せ、と。これの力があるなら、きっとこの場は切り抜けられるだろう。 だがひとつだけ覚えておけ。この証を受け取るなら、お前は一生サーシャの家に縛られることになるぞ」

――サーシャの家に縛られる。

それは、リリスが父亡き後あの家の当主の座を継ぎ、一族を従えることを意味する。

あの息が詰まりそうな家で一生を過ごし、気難しくプライドの高い魔法使いたちの上に立たなければいけないのだ。

そんなことが自分に出来るのだろうか。そんな思いが頭をよぎる。

けれど何よりいやなのは、セレスをもあの家に縛り付けてしまうことだった。

自分の一族の人間はセレスが何より苦手とし、関わるのを避けてきた種類の人間だ。

きっとあの家の多くの者はセレスを畏怖し、奇異の目で見つめ、その自由を奪うだろう。

それが分かっていても自分は、まだ次期当主の証が欲しいといえるだろうか。

「この場をうまく切り抜ける方法は、私がそれを受け取ることしかないのかもしれない。けれど……私はそれを受け取ることは出来ないわ」

「なぜ受け取らない? それがあれば、助かるのだろう?」

リリスの出した答えに対して反対の声をあげたのはアルライディスではなく、セレスのほうだ。

何も知らないセレスから見れば、そうなるのは当たり前だった。

「ダメよ……あの家に、あなたも縛り付けてしまうもの。私一人が縛り付けられるだけならいいけれど、あなたまで自由を奪われてしまう……それじゃあ、生き延びた意味がなくなってしまうわ」

「生き延びる手立てがあるならば、そっちを選ぶべきだろう。生きていれば何とかなる」

「でも……!!」

さらに反論を返そうとしたリリスに、セレスは静かに首を振る。

そうして、柔らかな微笑をたたえて言葉を紡いだ。

「俺は、お前と共に生きられるならそれでいい。どこに行くことになっても、リリスのいる場所が俺の生きる場所だ」

「セレス……」

言い返す言葉を見つけられなくなったリリスは、穏やかな瞳で自分を見つめるセレスを見上げた。

まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなくて、でもそういってくれたセレスの言葉が限りなく嬉しかった。

――セレスのいる場所が、私の生きる場所。

セレスがいてくれるなら、私は次期当主の重みにだって、耐えてみせよう。

「――アルさん。次期当主の証を、渡してください」

「それがお前の答えなんだな? リリス」

「はい。全てを背負う覚悟は、あります」

「よく言った。ならばお前の父親の言葉どおり、これはお前に返そう」

そういわれて、手のひらに薄紅の宝石がぽとりと落とされる。

かすかに燐光を放ち、熱を持つその宝石は、想像していたよりもずしりと重たいものだった。





  


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