七章  白蒼の光は乱宴の終わりを告げて 【11】






「次期当主の印……まさか、“サーシャの百合”か?!」

「おお、ランディ。さすがだな、よく知ってるじゃねェか」

「馬鹿にしているのか! 私を誰だと思っている!!」

「はいはい、『諜報部将軍サマ』だろ。まったく肩書きにこだわるやつはこれだから嫌いなんだよなあ」


周りを兵士に囲まれているにもかかわらず、飄々ひょうひょうとランディを手玉に取るアルに、リリスとセレスは内心はらはらしながら見守っていた。

ややもすれば挑発ともとられかねない言葉は、こちらにとって分が悪い。

だがアルとの対峙に気を取られているランディは兵士にそれ以上の命令を出さず、舌戦に終始していた。


「“サーシャの百合”――現当主と次期当主のみに現れる印。現当主を超える魔力を持つものが生まれたときのみ、次期当主の印が現れる。同族の者を従える力は、当主と次期当主のみが行使できる魔法の力だ!!」

「ふーん、まあ、そこまで知ってれば上出来だな。どうせロイドの弟ルディオにでも聞いたんだろ?」

「お前だって、ロイドに聞いたんだろう! 何から何まで知った口のきき方をして、知っている内容は私とそんな変わらんはずだ!!」

「どうだかなあ。当主しか知らない情報もあるかもしれないぜ?」

「じゃあさっさとその情報を出してみろ。私も知っていることはまだ全部言っていないからな!」


あれほど冷静沈着にリリスたちを追い詰めてきた男は、どうやらアルにひどく劣等感を持っているらしい。

言葉の端々をとらえて反論してくる姿は、かなり余裕を欠いている。

この間にさっさと印を受け取ってしまおうと考えたリリスは、手の中の宝石とアルとを見比べた。


「アルさん、これはどうすればいいのでしょう?」

「印を“魔法使い”の契約の印の上へおけ。そうすれば、再びお前のからだへ印が戻る」

「わかりました」



ランディと周りの兵士との距離に気を配りながら、リリスはすばやく言われたとおりに動いた。

もともと印があった場所――今は魔法使いの契約の印が刻まれる胸元に、熱を持つ宝石をそっと押し当てる。

契約の印に呼応するかのように鼓動を大きく一つ刻んだ宝石は、するするとほどけて胸元へと吸い込まれた。

そのとたん、体の隅々まで新しい力がめぐっていく感覚に、熱い息を吐く。

だがリリスの体に満たされたのは、新たな力だけではなかった。


(魔力が回復した……?)


リリスが怪訝な顔をしたのがわかったのだろう。

アルが舌戦の最中、にやりと笑いながら説明を加える。

どうやら、彼はこんな状況すらどこか楽しんでいるらしく、兵士に囲まれている状況下でさえ余裕を全く失わない。


「ああ、結晶化するときに宝石に溜め込まれたお前の魔力だろう。よかったな」

「本当に、なんとお礼を言えばいいか……」

「例には及ばん。まだ終わったわけではないからな、リリス。負けんじゃねェぞ」

「はい。必ず」


しっかりとアルの目を見て頷く。

必ず道を切り開き、生き延びるのだ。

夜明けまで待てば、王宮からの応援が来る。

それまで持ちこたえさえすれば、生きる道はひらける。

だが、必死なのは向こうランディも同じだった。


「さあ、そろそろおしゃべりは終わりだ。兵士たちよ、こいつらを捕まえて殺せ!! 成し遂げたものには、一生遊んで暮らせるほどの報酬を支払ってやる!!」



血走った目でリリスたちを睨みつけ、ランディが命令を下す。

とたん周りを取り囲んでいた兵士たちの輪がどんどん縮んでいく。

それをみてアルはすらりと2本の剣を抜き放ち、セレスはリリスをかたわらに引き寄せた。



「兵士たちの輪を突破する。アルさん……とやら、俺とリリスで援護する。道を切り開くのをお願いできるだろうか」

「呼び捨てでかまわねェよ。隠居生活で飽き飽きしてたところだ、前は俺に任せな」

「ありがとうございます、お願いします!」


がはは、と笑ってアルは三日月型の剣を構えて見せた。

王国兵士が使うようなまっすぐの長剣ではない。

湾曲した2本の剣は、どこかカマキリの鎌を思わせるような輪郭をしていた。


(あっ、白蟷螂ってもしかして――)


不意に頭に浮かんだ考えに、リリスはこの戦いが終わったら、アルに元相手パートナーの話を聞いてみようと決意したのだった。


「てめぇら、しっかりついてこい! 離されるんじゃねェぞ!!」


周りを取り囲む兵士たちを威嚇するように、アルが吼えた。

武人特有の威圧感に、前線の兵士が少しひるむ。

その隙に兵士たちの輪の中へさっと飛び込み、剣をふるう。

リリスとセレスも彼においていかれないよう、慌てて追いかけた。


『――風の護りよ、われらの盾となり、鎧となれ。何人たりともわれらに触れることを許してはならぬ――』


『――疾風よ、われらの足に速き力を授け、軽やかなる翼を与えたまえ――』


アルの背中を追いかけながら、二人で魔法をかけていく。

後ろや前からくる兵士たちは、セレスが爪や翼で薙ぎ払い、打ち倒す。

リリスは前と後ろで戦う二人の邪魔にならないよう、必死で足を動かした。

魔法のおかげで兵士の刃が身に直接届くことはなく、足も軽やかに動く。

だが戦い慣れしていないリリスにとって、周りを敵に囲まれているということは想像以上の恐怖だ。

そんなリリスを勇気づけたのは、前を切り開くアルの動きだった。



「はははっ!! もっと骨のある奴はいねェのか!! どんどんかかってこいや!」


(すごい……兵士の誰も太刀打ちできてない)


複数人数で果敢に向かってくる兵士を打ち払い、倒していくアルを見て、味方のリリスでさえも想像以上の強さに驚きを隠せなかった。

流れるような動き、無駄のない動作は兵士たちを圧倒し、前へ進む道を作り出す。

兵士たちとてそれなりに皆訓練を受け、実戦で耐えうる実力を兼ね備えている者たちだ。

魔法で戦いやすくなっているとはいえ、彼らに致命傷を負わせず、戦意を喪失させるだけのけがを負わせて前へ進むのは、生半可な実力ではない。


もしかしたら、このまま突破できるかもしれない――そんな希望を抱いて、リリスは進む。

だんだんと近づいてくる魔法がぶつかり合う音と光を見るに、どうやらアルが目指しているのは、仲間割れで争う魔法使いたちのところらしい。

カイヤやネリエ、シャンディたちに合流するつもりなのだろう。

それを裏付けるかのように、アルが叫んだ。


「このまま一気にあいつらのところまで突っ切るぞ! いいな、二人とも!!」

「問題ない!」

「大丈夫ですっ」

「じゃあまずはセレス、一発ぶちかませッ!!」


いつの間にか、リリスたちを捕えようとする兵士たちの数は減ってきていた。

むやみやたらに突っ込んでくる兵士はほとんどいなくなり、遠巻きに守りを固めているものたちが多い。

だが彼らもリリスたちがどこに向かうかを察知したらしく、その一点の方向だけ守りの層が厚かった。

セレスはアルの言葉の意図をくみ取り、その守りを打ち破るために攻撃魔法を発動させる。

リリスも慎重に魔法を練り、セレスへと渡す。



『――大いなる風よ、前方の敵を薙ぎ払え。鋭き刃で堅固なる壁を切り開き、守りを打ち崩せ――』


言葉を紡ぎ終わると同時に、ざあっと大きな風が吹く。

まるで竜巻のように渦を巻く風は兵士たちの作る壁へと向かい、ぶつかった。

兵士たちは風の勢いに耐えきれず、散り散りになったり、風に巻き上げられて離れたところへ飛ばされる。

もはやリリスたちを捕えるどころではなくなっていた。

その隙を見計らい、リリスたちはその間を一気に駆け抜ける。


(ここを抜ければ――!!)



無我夢中で足を動かし、アルとセレスの間に挟まれながら兵士たちの間を走る。

あともうすこしだ。その希望だけを頼りに、ただ前を見て走る。

ようやく足を止めたのは、前を走る背中が止まり、懐かしい声が聞こえてきた時だった。


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