後悔先に立たず
「眠った……のか……?」
むくれたと思ったら急に泣き出した少女がようやく泣き止んだのはかなりたってからだった。
恐る恐る腕の中の少女を覗き込んでみると、ひっきりなしに涙を流していた瞳は閉じられ、泣き声が零れていた唇からは寝息が漏れている。
泣き濡れた跡がくっきり残る頬に髪が張り付く少女の表情は先ほどに比べてかなり穏やかで、見ず知らずの男の腕の中にいるというのに安心しきっていた。
くったりと自分に身を預けきっているその体はひどく軽い。
自分の力では気をつけていないと壊してしまいそうだと思いながら、男は慎重に少女の身を床へ横たえようとした。
けれど、いつの間にか衣服の端をつかまれていたらしく、自分の体からその身を離れさせることができない。
仕方ないので元の体勢に戻り、衣服をつかむ少女の手をゆっくりと慎重にはずすことにする。
そうして触れてみた手は、驚くほど小さくて柔らかかった。
ともすれば簡単に骨を折ってしまいそうで、力を入れて触ることすらためらわれる。
自分は人並みよりかなり強い力を持っているから、人に触るときにはいつも気をつけているのだが(そうしないといろいろ面倒なことが起きるからだ)、
気を付けていてさえ壊れてしまいそうなほどその手は頼りなかった。
ため息をついて男は手をはずすことをも諦める。
どうやら少女とともにこのまま夜を明かさなくてはならないようだと悟り、そんな自分に苦笑しながら男はふと腕の中の少女に目を落とした。
柔らかな髪の中からのぞく顔はまだあどけなさが残る。
十四、五歳ぐらいにも見える少女は身なりや言葉遣いからして、良家の子女だろう。
先ほどはたまたま山賊の道にいたのだといったが、それはうそだった。
山の中で馬鹿でかい魔力を発しているものがいるから駆けつけてみたら、この少女が山賊に襲われていたのだ。
正直驚いた。
てっきりいるのは妖魔の類だと思っていたから。
いや、魔力の強さでいけばそれ以上かもしれない。
そのくらいの魔力を持つものが人間、しかもこんな小娘だったということにとても驚いたのだ。
それから成り行きで助けてしまったが、本当はこんないろいろ世話を焼いてやるつもりなんてなかった。
人と一緒にいるのは嫌いだ。
だから、さっさと小屋なんて出て行ってやろうと思った、のに。
なんだか訳の分からないうちに足払いをかけられて、いろいろと助けた経緯を教えれば落ち込まれ、わぁわぁ泣かれた挙句の果てに服をつかまれて身動きが取れない。
いつもの自分なら泣かれたところで、いや足払いをかけられたところでこんな面倒くさい奴はごめんだと、さっさとこの小屋をあとにしていただろう。
だが、今回はなぜかこの娘を放って置けない気がした。
おまけに目の前で泣かれるとなんだか胸の奥がざわざわして嫌な気持ち――というか、やるせない気持ちになってつい彼女を慰めようと優しくしてしまったのだ。
ああ、なんだかどこまでも自分らしくない行動を取った。
今頃後悔してももう遅い。
してしまったことは仕方ないので、諦めて今日は寝ることにしよう。
どうせここまでしたのなら、明日は朝早くにおきて水ぐらいはこの少女のために汲んできてやってもいい。
きっと目が赤く腫れて、とてもその目じゃ外を歩けはしないだろうから。
そこまで考えて、男はもう一度苦笑した。
本当にらしくない。
明日は雨が降るかもな、などと思いながら男はゆっくりと目を閉じ、眠りへとすいこまれていったのだった。