星は儚く闇は優しく








周りに現れた人影は5人、6人、7人を増やし──全部で13人いた。
闇に光る赤い目は血を求めてさまよう吸血鬼(ヴァンパイア)の印。

けれど普通吸血行為は単独で行われる。
となると、明らかに吸血の目的以外で沙夜は彼らから命を狙われていた。
全員の中で一番体格のいい一人──どうやら彼がリーダーらしい──が歩み寄り、鷹揚に告げる。


「ヴァンパイアハンター、紫夾沙夜。闇の帝王に仇なさんとするその命、我らがもらい受ける!」



逃げる暇もなく、沙夜は13人に取り囲まれていた。一人一人はそれほど強いヴァンパイアではない。
おそらく下位ヴァンパイアの集まりで、ルウェルディアの配下の者たちだろう。
一人ずつ相手にする分には何の問題もないが、一度に13人となるとさすがの沙夜も分が悪かった。


彼の配下の者たちということは、彼が命令して沙夜を襲わせたのだろうか。
少し前から自分の前に姿を現し、死を願うようになったルウェルディアだが、彼が退屈しのぎで自分と戯れているようにしか沙夜には思えなかった。
それほど、彼と沙夜の間には歴然とした力の差があったのだから。
戯れでなければとっくに殺されていてもおかしくないのだ。
けれどこの者たちを使って沙夜を襲わせたということは、彼がもうその戯れに厭きてしまったということだろうか。



「これは王の命令? ルウェルディアがあなたたちをここへ寄越したの?」
「……」



静かに問う沙夜の言葉に、先ほどの男は沈黙したまま答えない。
そうして答えの替わりによこしたのは一刃のきらめきと咆哮だった。



「我らの王に栄光を! それを阻む者には死を!!」



その行動はある程度予測していたから、沙夜は易々と自分の短剣でそれを防いだ。
金属のぶつかり合う音が闇夜に鈍く響く。
それが戦いの合図となった。


次々に白刃が閃き、沙夜に襲いかかる。
ひっきりなしにぶつかる金属の鈍い音とヴァンパイアたちの咆哮が混ざり合い、そこは地獄さながらの戦場と化した。
13人ともなるといくら手練れの沙夜でも受け止めるのが精一杯で、攻撃に転じることはなかなか難しい。


──このヴァンパイアたちは私を調べ尽くしている。


命を削る剣戟の中で、沙夜はかろうじてつなぎ止めていた冷静さで分析した。
ふつうヴァンパイアは己の爪と牙のみで相手をしとめるもの。
そして彼らは金属を嫌い、己の持ちうる武器のみで戦うことを誇りとする。


だが周りを囲むヴァンパイアたちは誰もが手に大なり小なりの剣を携えていた。
沙夜は彼らの用意の周到さと、命令であれば誇りすらも捨てて戦う従順さにに唇を噛んだ。


沙夜の剣にはヴァンパイア用に特殊な加工が施してある。
それは純銀の剣を一晩聖水に浸して清めたものなのだが、ヴァンパイアの体をかするだけでもかなりのダメージを与えられる。
下位ヴァンパイアならば少しの傷でも立てなくなるくらいの傷を負わせることができるのだ。



対して彼らの武器は爪と牙。
剣戟を受ければ受けるほど身は傷ついていく。
だが剣を剣で受ければそんなことはなくなる。
体を直接傷つけられることだけを気にしていればいいからだ。


そうなると、数でかかってこられるとかなり不利な状況だった。


次々に自分へ突進してくるヴァンパイアの攻撃を受け、流し、かわしながら、どう反撃するべきかを考える。
けれど夜に力を増すヴァンパイアたちに体力で劣る沙夜に為すすべはなかなか見つからない。
どうにか攻撃の隙間を縫い、素早い一撃を鳩尾へ繰り出すと、その攻撃を受けた一人のヴァンパイアがその場に崩れ落ちた。



「──あと12人っ!」



自分に言い聞かせるように叫んで、さらに攻撃の手を速める。
連携がわずかに崩れた隙をねらって一人の胸に一撃、味方同士の刃がぶつかって一瞬たじろいだ二人の腹と背へ二撃。



「──あと9人っ!!」



ようやく三人は戦闘不能にしたものの、どうやら沙夜が強いと思い知ったらしい残りのヴァンパイアたちは本気になって刃を繰り出してくるようになった。
次第に刃で肌を切り裂かれる回数が増え、どんどん息は上がっていく。
ゆるまらぬ攻撃の手にさらされ続けた沙夜にゆっくりと、しかし確実に限界が近づいてきていた。



「……はぁっ……はぁっ……」



重くなる体に比例してだんだん手足の自由が利かなくなる。
額から流れる血で目が霞む。
それでもどうにか致命傷を紙一重で避けていた沙夜だったが、積もり積もった疲労に耐えかねた足が一瞬だけ安定を失い、体のバランスを崩した。


しまった、と思ったときにはもう背中を焼く熱さにその場へ崩れおれていた。
同時に襲い来る衝撃に肺の空気が一気に押し出され、息が出来なくなる。
薄れゆく意識の端でどうやら背中を袈裟懸けに切りつけられたらしいとわかったものの、体に力が全く入らない。



──ああ、私ここで死ぬんだ。



どんどんなくなっていく体温を感じながら、沙夜はそう思った。


「と……さま……か……さま……みんな……ご、めん……なさ……」



わずかだけ肺に残った空気を糧に言葉を紡ぐ。


ごめんなさい、わたし、復讐を果たせなかった。
ごめんなさい──……。


そう呟いて、沙夜は意識を手放そうとする。
けれど、霧散しかけた意識をわずかに引き戻したのは、いるはずのない人の声だった。



「……──や、沙夜……っ」



私を呼ぶのは誰?
聞き覚えのある声──まさか。
どうしてあなたが今来るの。
なぜ、何度も私を呼ぶの。
あなたが、部下に私を殺させようとしたのでしょう──?



わずかに唇を動かすだけでなされた問いかけは、沙夜の名を呼ぶものには届かず吐息とともにとけた。
急速に視界が狭くなり、意識が遠のいていく。
そうして今度こそ沙夜は完全に意識を手放した。







*          *          *          *







「──ルウェルディア、今夜は配下の者たちがやけに騒いでいるみたいですが」



月の光に照らされながら闇の中にたたずむルウェルディアにそう問いかけたのは、数少ない友であり忠実な部下である高位ヴァンパイア、セフェルス。
黒髪に翡翠色の瞳をした彼は「疾風の緑閃龍(フェズ・スウィリア)」とよばれている。
身のこなしと足の速さでは彼に勝る者はいないことからついた名だ。



「放っておけばいい。俺は知らない」
「相変わらず興味はないという感じですね。でもいいんですか? 襲われているのは女のヴァンパイアハンターですよ」
「女の……おいセフェルス、どんなやつだ。教えろ」



それまでは全く興味がなさそうにしていたルウェルディアは「女のヴァンパイアハンター」と聞くやいなや顔色を変えた。
セフェルスはそれを見て、珍しいものでも見たような顔をしながら答えを返す。



「さぁ……詳しくは覚えていません。長い黒髪の、ずいぶんと若いハンターでしたが……」
「──おい、それはどこだ! 今すぐ案内しろ!!」



答えを聞くと、ルウェルディアはつかみかからんばかりの剣幕でセフェルスへ詰め寄る。
こんな感情をむき出しにする彼をみたのは初めてだと思った。



「わかりました。私についてきてください」
「くそっ、あいつら──もしも、沙夜だったら……地獄を見せてやる……ッ」



低い声でそう呟いたルウェルディアは、セフェルスでさえ畏怖させるような殺気を放っていた。
沙夜――たしかそれは、ルウェルディアがかつて愛した女性の娘だったか、と思い出す。
そうか、だから彼は怒っているのかと納得し、それからセフェルスは呆れたように微笑んだ。



「ルウェルディア……あなたはつくづく望みのない恋をする人ですね……」



彼に聞こえないようそうつぶやいてから、セフェルスは彼の望みどおり戦いが起こっている場所へと向かったのだった。






inserted by FC2 system