四章 日没は宴の始まりを告げる 【10】
『セルビア王国第37代国王がヘパティカに集う“王宮付き魔法使い”各位へ命を下す。
“青の妖魔”兄弟は三日後の夜、セルディティエ草原E‐456、S‐852地点付近で戦闘開始する模様。
各自、万全に準備を整えよ。
主力を担うは“紅の魔法使い”、補佐につくのは“白銀の魔法使い”、“黎明の魔法使い”、“落陽の魔法使い”。
このまたとない好機を絶対に逃すことの無きよう、各々しっかりと肝に銘じて自らの役目を全うせよ』
王自らが押した勅印の蝋封が施された上質の羊皮紙がふわりと舞い降りたのは、西の地平線に日が沈み始めたときのこと。
魔法によって運ばれてきたその手紙は、“青の妖魔”退治のためにへパティカに集う四組の“魔法使い”たちに送られたものだ。
そして“紅の魔法使い”――ルディオとセレナにとっては死刑宣告にも等しい封書だった。
震える手で開けたその封書に目を通した二人は、よりにもよって作戦を担う主力が自分たちであることに果てしない絶望を抱いた。
最愛の娘とも等しきリリスはまだ行方不明のまま。
ランディはいろいろな伝を頼って行方を捜してくれているが、彼の情報網をもってしても彼女の足取りはつかめていない。
そんな最中にもたらされたこの封書は、もはや彼らを絶望の淵に突き落とすもの以外の何者でもありえなかった。
あまりにも無慈悲すぎるこの命に泣き崩れたセレナを抱き起こしながら、ルディオは必死に冷静さを保とうと奮闘していた。
けれど、どれほど考えてみても自分たちがこの命から逃れることも、リリスを悲しませないようにすることも、両方を成せる方法などありはしなかった。
何とかしてやりたい。
でも、王の命令を無視するには自分の地位は高すぎる。
自分たちの命だけでその罪を購えるならいい。
けれどそれでは済まされず、きっと一族にもその罪は降りかかる。
そう思うと、リリスを救うためだけに王の命を無視することはできなかった。
なんと自分は無力なのだろう。
自分にできることといえば、自らの無力さを呪い、どうすることもできない状況を嘆くことだけだ。
「すまない、リリス……」
遠き日に交わした約束。
どんなことがあっても自分たちは必ずリリスの味方でいる、と。
それは今、自分たちが彼女を裏切る形で破られようとしている。
きっと彼女は怒らない。
自分たちを責めたりはしない。
ただ自分たちが置かれている立場を正確に理解して、どうにもできないことを悲しむだろう。
けれど彼女はきっとそこまでしかしない。
意志の強い彼女は自分たちから離れて、選ぶと決めた道を進むにちがいないから。
義兄譲りの強い意志――本当は一族の中で誰よりも強い意思、そしてそれゆえに脆いものをリリスは持っている。
だからこそ、彼女が今まで自分たちには見せてくれていた心からの笑顔は見ることができなくなってしまうだろう。
そうして二度とリリスが自分たちに心を許してくれることはなくなるだろう。
それが、彼女が信じてくれていた約束を破った自分たちに与えられる罰だった。
自分たちにとっては一生重くのしかかるであろう――業の深い罪。
けれどそれをわかっていても、一族を裏切ることはできないのだ。
「本当にすまない、リリス……」
腕の中で嗚咽するセレナを抱きながら、ひたすらにルディオはそこにいないリリスに謝り続けた。
決して、声は届きはしない。
それでも。
謝らずにはいられなかった。
そうして、願わずにはいられなかった。
リリスの無事と、三日後の命運――どうか、セレスが殺されずにリリスとともに生き延びること――を。
それは、決して願ってはいけないものだったけれど。